民音のシリーズ企画「ロマンティック・クラシック」のために菊本和昭氏の委嘱により作曲された本作品は、古典派音楽を代表する作曲家、モーツァルトの歌劇「魔笛」を主題とした5つの楽章から成る組曲です。ロマン派音楽がそうであったように、楽式の構造は古典的なものを受け継いでおり、それぞれに「魔笛」の楽曲を引用しています。
I. Pastorale (約4分)
夜の女王の娘パミーナと鳥刺しパパゲーノが歌う美しい二重唱「愛を感じる男の人たちには」 (Bei Mannern, welche Liebe fuhlen ) を主題にした穏やかな牧歌です。
II. Scherzo (約2分)
実にコミカルな五重唱「ウ!ウ!ウ!ウ!」(Hm! hm! hm! hm! ) 、モーツァルトらしい快活さを損なわぬよう作曲しました。スケルツォがメヌエットに代わって市民権を得るのはモーツァルトよりもう少し後の時代のようですが。
III. Intermezzo (約2分30秒)
合唱付きアリア「おおイシスとオシリスの神よ」(O Isis und Osiris ) より、司祭長ザラストロの歌うメロディをバス主題とした舞曲風の小品です。
IV. Balletto (約2分30秒)
パパゲーノが歌う二つの楽天的なアリア、「私は鳥刺し」(Der Vogelfanger bin ich ja ) と「娘か可愛い女房が一人」( Ein Madchen oder Weibchen wunscht Papageno sich!) を華やかな複合三部形式にまとめました。
V. “Addio” -Romanza senza parole (約5分)
モーツァルト晩年の作品に見られる、長調であっても深い悲しみを帯びた楽想を持つ三重唱「愛しい人よ、もうあなたにお会いできないのですか?」(Soll ich dich, Theurer, nicht mehr seh’n? ) を自由に展開しています。元々ロマンスとは有節歌曲を指す言葉でしたが、モーツァルトがピアノ協奏曲第20番第2楽章に取り入れて以降、詩的な器楽曲の表題としても使われるようになりました。“Romanza senza parole” とは語らざるロマンス、無言歌を意味します。
演奏に用いる楽器について一つ。初演時、菊本氏の提案により I. III. V. の奇数楽章において Corno da caccia (コルノ・ダ・カッチャ) を使用しました。作曲者本人は想定していなかった楽器なのですが、実に素晴らしいアイディアであったと思います。他、フリューゲルホルンもまた美しい彩りを与えてくれるでしょう。楽譜から得られるイメージや思い描く音楽によって、楽器の選択には各奏者に多少の自由があって良いと考えております(楽譜上、特に記載はございません)。
さらに、この作品とは関係のない話をもう一つだけ。「魔笛」のスコアによれば、王子タミーノは “日本風の狩猟服を着て” 登場します。トルコ行進曲などで分かるように、モーツァルトが異国情緒に魅せられていたことは容易に想像がつきますが、日本という国を認識していたとは知りませんでした。もう少し文化的な結びつきが強ければ、モーツァルトによる日本的な作品が残されていたかもしれない…200年以上前のスコアに記されたわずか一文に巡る思い、これもまた実にロマンティックな話だと思いませんか?
(井澗昌樹)
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