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本作は2013年、東海大学付属高輪台高等学校の委嘱作品として書いた作品である。タイトルのインベイスの丘とは、高輪2丁目に実在する伊皿子坂(いさらこざか)を指しており、その坂の名称は、伊皿子(いんべいす)なる明国人の名前から付けられたものであるらしい。しかし、実在するこの坂も、歴史をひも解いてみたところで名称の確固たる由縁は判らず、古くは江戸湾も見渡せたこの地に、なぜ明国人の名前がつけられたのか、もっと言えば、明時代の固有名詞としては非常に珍しい「いんべいす」なる名が、はたして本物であったのかどうかさえ、今なお分からぬままである。しかし、逆にそのあやふやな言い伝えから漂う江戸の歴史の香りが、この潮見の丘に溢れるロマンへと一気に駆り立ててくれた。
ときは江戸中期、国籍不詳の貿易船「インベイス号」が嵐に巻き込まれ、江戸湾へと漂着する。乗船していた多くの者が命を失っていた中、唯一生き残った船乗りが江戸の役人達によって発見される。しかし、その者は自分の名すらも忘れてしまうほど衰弱し、口をきくこともままならぬ状態であった。役人達はすぐさまその船乗りを介抱し、手厚くもてなすものの、一向に記憶が戻る様子もない。名もなき船員の処遇に困った役人達は、当面の間、その難破船の船首に書かれていた「IN BASE」(インベイス)をこの者の名とし、しばらく保護することにした。時が経ち、すっかり体調が回復して江戸の生活にも慣れてきた船乗りのインベイスは、記憶だけが戻らぬものの、船乗りであったという経験を買われ、この坂の頂上で潮見人の役につくよう命じられる。ある日、いつもと変わらず潮見台に立っていたインベイスは、湾のはるか先に、数十とも数百とも判らぬ船団が、まるで一つの小島の如く聳え立つように停泊している事に気づく。インベイスはすぐさま役人に知らせるや否や、船団が湾に入らぬよう警告するため、一人小船に乗り、船団の待つ沖へ急ぐ。やがてたどり着いた先には、およそ見たこともないような巨大な船がいくつも海面に鎮座している。息を飲むインベイス。すると、先頭の一隻から、まるでインベイスの到着を待ちわびたかのごとく、ゆっくりとロープが降ろされる。唖然と驚くインベイスの目に、「IN BASE 」と描かれた船首の文字が飛び込んできたのは、間もなくのことであった。
・・・と、インベイスとは何ぞやと調べていくうちに、こんな話だったら面白い、と勝手に思いを馳せて書いたのがこの作品である。個人的に、最後はインベイスが記憶を取り戻し、強行に開港を迫る船団の要求を見事に防ぎ、一躍江戸のヒーローになるといった陳腐なハッピーエンドしか想像出来なかったが、そこはいかんせん全くのフィクションである。もし可能ならば、演奏される皆さんにも是非、この物語の創造を担って頂き、全く違うテイストのストーリーが出来れば、それがこの曲を仕立ててゆく一番の醍醐味だと思っている。いささか他人任せのように聞こえるかもしれないが、それはあながち間違いではない。
曲を書くにあたって、いくつかのモティーフを上記のストーリーに合わせて書いた。インベイスのテーマ、難破船、使者、決戦、夜明け・・・と、いわばドラマや映画の登場人物や出来事をあらかじめ作り、そこから組み立てていった。それらは上記以外にもさまざまあるが、このモティーフの発掘も演奏される方に委ねたいと思っている。是非、それらを入念に探し出し、その一つ一つに新たな名やストーリーを付けながら楽しんで頂ければ幸いである。
2013/12/26 Jerry Grasstail
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